多焦点眼内レンズ
白内障手術では、レンズの役割を担っている水晶体を摘出し、代わりに人工のレンズ「眼内レンズ(単焦点・多焦点眼内レンズ)」を挿入します。
レンズの直径は約6mm程度で、これは一般的なソフトコンタクトレンズの半分以下の大きさです。
レンズ本体とレンズには目の中でズレや落下が生じないようにするための2つの支持部があります。
従来の眼内レンズの素材はプラスチック製のものが一般的に使用されていましたが、医療技術の進歩によって現在はアクリル製のものが主流になりました。
柔らかいアクリル素材を使用することによって、レンズを折り畳んだ状態で目の中に挿入することができます。
これによって、レンズを挿入する際の切開創が非常に小さいもので済むため、目への負担を最小限にすることが可能になっています。
眼内レンズには、保険診療の「単焦点眼内レンズ」と選定療養もしくは自由診療の「多焦点眼内レンズ」の2種類があり、大きな違いはピントが合う焦点距離の数です。
単焦点眼内レンズでは、ピントが合う距離があらかじめ設定された「遠・中・近」のいずれか1点のみとなります。
一方で、多焦点眼内レンズでは、ピントが合う距離を2点以上に設定することが可能です。
白内障手術で基本的に使用する眼内レンズは単焦点眼内レンズになりますが、ピントが合う距離が1点のみとなります。
例)
- 遠くに焦点を設定した場合、近くを見る際に老眼鏡の装用が必要
- 近くに焦点を合わせた場合、遠くを見る際にメガネの装用が必要
以上のような単焦点眼内レンズのデメリットから、「術後メガネの装用を極力減らしたい」、「まとめて老眼や屈折異常を治したい」という患者様にとっては多焦点眼内レンズの方が術後の生活がより良いものとなる場合があります。
多焦点眼内レンズの最大のメリットは日常生活の中のほとんどのシチュエーションでメガネの装用が必要とならないことです。
ただし、決して多焦点眼内レンズの方が単焦点眼内レンズより総合的に優れているというわけではありません。
単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズを比較した際、同じ焦点距離においては、単焦点眼内レンズの方が多焦点眼内レンズより見え方の質(コントラスト感度)が優れていることが大半です。
また、多焦点眼内レンズは複数の焦点距離にピントを合わせるために、複雑なレンズ構造が取り入れられています。
その複雑性から「ハロー(光に輪がかかったように滲んで見える現象)」や「グレア(光がぎらついたように眩しく感じる現象)」といったような光を見た際の違和感を自覚しやすい傾向があります。
現在では、様々な医療用レンズメーカーから多種多様な多焦点眼内レンズが登場しており、レンズの種類によっては多焦点眼内レンズ特有のデメリットを克服しているものもあります。
当院では、単焦点眼内レンズは勿論、選定療養から自由診療の多焦点眼内レンズを取り扱いしております。
眼内レンズに精通した医師や視能訓練士によって、患者様の性格やライフスタイル、術後の生活のご要望に合わせてレンズのご提案が可能となっています。
目次
多焦点眼内レンズの種類
多焦点眼内レンズには、ピントを合わせることができる距離数によっていくつか種類があり、それぞれ特性が異なります。
2焦点眼内レンズ
「遠方」・「中間」・「近方」のいずれか2点にピントが合う眼内レンズです。
例えば「遠近」「遠中」「中近」のように焦点距離の組み合わせを行います。
多焦点眼内レンズの中でも、焦点距離を絞っている分、見え方の質が劣りにくいです。
しかし、「遠方」・「中間」・「近方」のいずれかで、見えづらい距離が発生してしまうので、その場合はメガネや老眼鏡の装用が必要となります。
3焦点眼内レンズ
日常生活で必要な「遠方」・「中間」・「近方」の3つの距離にピントを合わせることが可能な眼内レンズです。
2焦点眼内レンズで対応できない距離もカバーできることで、ほとんどのシチュエーションを裸眼で過ごすことができます。
多焦点眼内レンズは光をそれぞれの焦点距離に光を振り分けることで、複数の距離へのピント調節が可能になっています。
それ故、焦点距離が3つに増えた分、それぞれへの光の配分が少なくなり、特に「中間」「近方」では明るさの確保が必要になります。
また、他の眼内レンズと比べ、ハローグレアの症状が自覚しやすい傾向になります。
5焦点眼内レンズ
「遠方」・「中間」・「近方」に加え、さらに「遠中」「近中」も合わせた5つの距離にピント調節可能な眼内レンズです。
3焦点眼内レンズでは視力の落ち込みがあった「遠中」「近中」でも、妥協なく見えることが可能になりました。
そのため、手元から遠くまで、日常生活で必要な視界を確保でき、多くの人が裸眼で快適な生活を送ることができるでしょう。
現在(2023年7月)の国内では、唯一の5焦点眼内レンズであるHanita Lenses社(イスラエル)製「インテンシティ(Intensity)」が自由診療の枠で取り扱いされています。
焦点深度拡張型(EDOF)眼内レンズ
前述のような眼内レンズとは異なり、「遠方」・「中間」・「近方」の焦点距離に合わせるのではなく、「遠方から中間まで連続」して広がるような見え方が特徴的な眼内レンズです。
新しいコンセプトの眼内レンズで「水晶体のような自然な見え方」に拘って開発されています。
2焦点・3焦点眼内レンズと比較し、ハローグレアが軽減されているのもポイントです。
しかし、手元などの近方ほ見え方が弱く、老眼鏡の装用頻度が高くなるでしょう。
多焦点眼内レンズの構造による違い
焦点距離による種類分けだけなく、構造によってもメリット・デメリットが異なります。
主に「回折型」・「屈折型」の2種類に分けることができます。
回折型
光の「回折現象」を利用し、光を複数の距離へ振り分けることによって、それぞれの距離でピントを合わせることができる構造です。
レンズ表面には、光を回折させるための階段状の段差(同心円状)が施されています。
しかし、光を振り分ける際に光のエネルギーロスが発生し、これがコントラスト感度(見え方の質)や低下やハローグレアの原因となります。
例)2焦点眼内レンズでは入ってきた光が「遠方に40%」、「近方に40%」で振り分けられ、結果20%のエネルギーロスが発生します。
屈折型
レンズ内が同心円状に「遠方」「近方」のそれぞれ屈折力が異なった領域が交互に繰り返されることで、複数の距離へピントを合わせることが可能な構造です。
光のエネルギーロスが発生する回折型と比較し、屈折型はコントラスト感度が高いことが特徴的です。
しかし、ハロー・グレアは自覚しやすい傾向にあります。
また、瞳孔径(瞳の大きさ)の変化によって「遠方」「近方」への光の量が変化するため、加齢により瞳孔径の調節力が弱まっている高齢者には不向きとなります。
プログレッシブ型
従来の回折型や屈折とは異なるコンセプトで開発された新しい構造です。
球面レンズの「中心を通る光」と「周辺を通る光」で焦点距離が異なる「球面収差」という現象を利用し、光学部構造が設計されています。
これによって、遠方から中間が「連続して鮮明に見える」という特徴があります。
また、回折型のような光エネルギーのロスが少なく、コントラスト感度の低下やハローグレアの発生がほとんどありません。
プログレッシブ型の眼内レンズは「ミニウェル・レディー(MINIWELL ready)」が世界初となっています。
当院で採用している多焦点眼内レンズ
多焦点眼内レンズには、一部保険適用となる選定療養対象の眼内レンズ(国内承認レンズ)と完全自己負担となる眼内レンズ(国内未承認レンズ)の2種類があります。
選定療養とは
選定療養とは、保険診療に加えて一部追加で費用負担をすることによって保険診療外の治療を保険適用の治療と併用して受けることができる制度です。具体的には下記のようなものが該当します。
- 差額ベッド代
- 歯科治療で用いられる金属材料(差額)
- リハビリなど、規定された回数以上の医療行為
など
多焦点眼内レンズのうち一部は「選定療養」が適応されます。
選定療養対象の多焦点眼内レンズでは、適用はレンズ代(単焦点眼内レンズ想定)含む手術費用が1〜3割負担の保険適応となり、単焦点眼内レンズ代を差し引いた多焦点眼内レンズの費用が自費負担となります。
当院では選定療養から自由診療の多焦点眼内レンズまで対応し、術後の成績やメリット・デメリットなどを考慮し、厳選した眼内レンズのみを採用しております。
選定療養の多焦点眼内レンズ
レンズの外観 | |||||
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名称 |
Pan Optix パンオプティクス |
TECNIS Synergy テクニスシナジー |
TECNIS Symfony テクニスシンフォニー |
iSii アイシー |
Clareon Vivity クラレオン ビビティ |
光学部デザイン | 3焦点回折型 |
2焦点回折型 +焦点深度拡張型 |
2焦点回折型 | 2焦点屈折型 | 焦点深度拡張型 |
焦点距離(ピント) |
遠・中・近 (∞・60cm・40cm) |
遠〜近 (∞〜35cm) |
遠・中 (∞・66cm) |
遠・近中 (∞・50cm) |
遠〜近 (∞〜40cm) |
乱視矯正 | なし | あり | あり | なし | なし |
ハローグレア | やや少ない | あり | やや少ない | あり | 少ない |
生産国 | アメリカ | アメリカ | アメリカ | 日本 | アメリカ |
メーカー | Alcon | Johnson & Johnson | Johnson & Johnson | HOYA | Alcon |
Pan Optix(パンオプティクス)
Pan Optix(パンオプティクス)は回折型の3焦点眼内レンズです。
国内初承認の3焦点眼内レンズであることから、挿入実績が多数あり、当院でも多焦点眼内レンズを選択される患者さまの約8割(2020年3月時点)を占めています。
遠方、中間(60cm)、近方(40cm)という日常生活で必要な距離をカバーしているので、大抵のシチュエーションは裸眼で過ごすことができるでしょう。
また、光の配分を適切化させる特殊な構造が採用されており、ハロー・グレアが比較的抑えられています。
乱視にも対応し、デメリットは少ないですが、30cm以下の手元の作業では視力の落ち込みがあります。
TECNIS Synergy(テクニス シナジー)
回折型2焦点眼内レンズと焦点深度拡張型(EDOF)を組み合わせた構造の眼内レンズです。
Synergy(シナジー)は「相乗効果」という意味があり、その名の通り双方のレンズのメリットが取り入れられています。
幅広い焦点範囲を持ち、遠方から中間まで連続して広がるような自然な見え方が特徴です。
夜間でもコントラスト感度(見え方の質)の落ち込みは少ないです。
しかし、ハローグレアを自覚しやすいことがデメリットとしてあります。
TECNIS Symfony(テクニスシンフォニー)
TECNIS Symfony(テクニスシンフォニー)は「エシェレット回折型」という新しい回折型で、焦点深度拡張型(EDOF)の光学設計を併せ持っています。
回折型でありながら、焦点深度拡張型の特徴である、「遠方から中間距離の自然な見え方」が実現されています。
色収差(光ごとの色のズレ)が最小限に抑えられていることから、多焦点眼内レンズ特有の「色のにじみやズレ」が少なく、単焦点眼内レンズのような自然な見え方が特徴です。
夜間も視力の落ち込みが少なく、ハロー・グレアも出現しにくいです。
一方、近方の見え方が弱くなるため、読書やスマートフォンを見る際は妥協することになり、老眼鏡を装用する機会が多くなります。
iSii(アイシー)
唯一の国内眼内レンズメーカーであるHOYA社の屈折型2焦点眼内レンズです。
「遠方」「近方」「遠方」の3つの屈折領域が同心円状に施されており、主に遠方〜中間の見え方を重視して設計されています。
光をそれぞれの距離へ振り分ける回折型にような光エネルギーのロスがなく、遠方〜中間においてはコントラスト感度(見え方の質)が非常に優れています。
また、3ピース(3つの屈折領域)のシンプルな構造になっているので、眼内レンズを眼の中で支える「チン小帯」が弱いような症例でも使用が可能です。
ハローグレアの自覚や、細かい文字や手元の作業時において老眼鏡が必要となる場面が多いことがデメリットとして挙げられます。
クラレオン ビビティ(Clareon Vivity)
独自の技術である「波面制御型焦点深度拡張レンズ」が採用されている「クラレオン ビビティ(Clareon Vivity)」は、2023年3月に厚生労働省認可されたばかりの最新の多焦点眼内レンズです。
多焦点眼内レンズ特有のデメリットが最小限に抑えられており、同時に単焦点眼内レンズのメリットを持ち合わせているのが魅力です。
焦点深度拡張レンズとして「遠方から中間、そして実用的近方」まで連続して広がるように、本来の水晶体ような自然な見え方が実現されています。
幅広い焦点距離をカバーしながらも、単焦点眼内レンズと同等程度のコントラスト感度(見え方の質)を持ち、ハローグレアの軽減も0%に近いです。
また、このレンズ特有の構造から、従来の多焦点眼内レンズでは適応外であった「眼底疾患(黄斑変性症や糖尿病網膜症)」や「緑内障」がある場合でも、医師の判断による「慎重実施」によって適応可能な場合もあります。
弱点としては40cm以下の近方が弱く、新聞やスマートフォンの文字を読む際に、老眼鏡の装用頻度が増えることです。
自由診療の多焦点眼内レンズ
レンズの外観 | ||
---|---|---|
名称 |
MINIWELL ready ミニウェル・レディー |
Intensity インテンシティ |
光学部デザイン | プログレッシブ型 | 5焦点回折型 |
焦点距離(ピント) |
遠〜近中 (∞〜50cm) |
遠・遠中・中・近中・近 (∞・133cm・80cm・60cm・40cm) |
乱視矯正 | あり | あり |
ハローグレア | 少ない | やや少ない |
生産国 | イタリア | イスラエル |
メーカー | SIFI Medtech | Hanita |
ミニウェル・レディー(MINIWELL ready)
ミニウェル・レディー(MINIWELL ready)は、「プログレッシブ型」の多焦点眼内レンズで、従来の回折型や屈折型とは異なるコンセプトで開発された最新の技術が取り入れられています。
「球面収差」という光学における技術を利用したことで、遠くから近くまで「スムーズで鮮明な見え方」を実現することができました。
多焦点眼内レンズ特有のコントラスト低下もほとんどなく、水晶体本来の見え方に最も近いと言われています。
遠方〜中間距離を重視する設計となっており、近方の手元の見え方はやや劣ります。
Intensity(インテンシティ)
唯一の5焦点眼内レンズである「Intensity(インテンシティ)」はイスラエルのHanita社で開発・製造されており、日本では2020年9月より導入開始しております。
現在の多焦点眼内レンズの中では、最もメリットを享受することができ、デメリットも最小限になっていると言っても過言ではないほど画期的な眼内レンズです。
全く新しい技術が採用されたことで「遠方」・「中間」・「近方」+「遠中」・「近中」の5つの距離にピント調整が可能になっており、日常生活のほどんどを裸眼で快適に過ごすことができます。
多焦点眼内レンズ特有の光エネルギーロスによるコントラスト感度の低下やハローグレア、夜間の視力の落ち込みがほとんどなく、様々なシーンで「妥協なく見る」ことが可能になっています。
ただし、他の眼内レンズと比較し、費用は高額になります。
理事長 本間 理加 医師
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